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| KinutaClub>>キヌティーヌの過ごし方〜9丁目のキャサリン〜 |
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飛んでイスタンブール!?
2008年1月26日
ここ数年、学校が長期の休みに入ると、子供を連れ里帰りをするために羽田〜福岡間を飛行機で、年に二、三回程往復しているのですが、毎回JAL便を利用しています。 もちろんマイレージをためている関係もあるのですが、他にもちょっとした理由があるのです・・・それは、全座席のシートに備えられている機内誌、『スカイワード』これが大好きなんです! この前の冬休みも帰郷するために乗り込んだ機内で、いつものようにシートベルトをしめ終わった後すぐ『スカイワード12月号』を手に取りました。 先ずはシリーズ化しているお気に入りのコラム『旅する脳』(養老孟司)『旅する耳』(清水ミチコ)などに目を通し、浅田次郎氏の日常のエピソードが毎回楽しみな『つばさよ、つばさ』を読んで、ニヤッとする・・・ そして、様々な国が取り上げられている、特集記事をゆっくり読む前に温かいコーヒーをもらう・・・ここまではいつもの空の旅と同じ展開でした・・が、今回!ある特集記事に今まで読んだ『スカイワード』史上、最高のインパクトを感じるものと出会ったのです! それは『トルコ 400年前の手紙』舞台はトルコ、イスタンブール。1990年代に16世紀に建造されたモスクの改修プロジェクトが立ち上がり、作業が開始されました。一番の難点はもろくなった石のアーチの修復で、木の枠組みを設置し慎重にアーチを支えている重要な石である<キーストーン>を除去しようとしたその時、驚くべきものがみつかったのです。 それはガラス管の中に入った何枚かの用紙・・・なんと、オスマン語で書かれた、400年前の手紙だったのです! 翻訳された内容はこうでした『我々が建造した建築物の石は、400年が寿命である・・・あなた方が石のアーチをつくり直す時、時代は大きく進化しており、石のアーチをつくり直す経験をもっていないだろう。 だから、私はこの手紙を書いている・・・』 この後手紙は<キーストーン>の役割や、石の材質、図面と工法などが詳しく書かれていたのです。 この手紙を書いた人物は建築家『ミマール・シナン』 オスマン帝国最盛期時代(1538年から1588年)の建築物の総責任者でした。 彼が生涯設計したといわれる建築物は477もあり、驚く事にうち196は現存しているそうです。特にモスクのドーム建築は近代的建築物がひしめく今のイスタンブールでもその存在感は際立っていて、最高傑作といわれる当時世界最大のドーム建築、『セリミエ・モスク』は写真からもその絶妙なバランスと優雅さがひしひしと伝わってきました。 シナンの物語は本当に素晴らしいもので、オスマン帝国軍がエジプトのカイロを占領した時、オスマン帝国の都市計画に合致しない建物をすべて取り壊す権利がシナンに与えられたのですが、ピラミッドを破壊することを選ばず、偉大な建築物に畏敬の念をもち、ピラミッドの構造をくまなく勉強しというエピソードや、人口増加に伴う水不足を解決するための水輸送システムを考えだした、という功績をものすごい勢いで読み進めました・・・ しかし最後は世代交代した新しいスルタン(王)から、あらぬ疑いをかけられ水道のない祖末な家で最期を迎えるのです。 近代建築の巨匠、ル・コルビュジェやフランク・ロイド・ライトが歴史上最も尊敬したといわれるオスマン帝国最高峰の建築家はこんな言葉を残して簡素なお墓に眠っているそうです。『私の存在を決して偉大に思ったりしないでほしい。人間は歴史のながれの中にある、ひとつの小さな存在にすぎないのだから』 読み終えてからも興奮冷めやらぬ私の心は、飛んでイスタ〜ンブ〜ル! 『シナンは何のメモや計算書きもなく、円のセンターに一ミリの狂いもなくピンを留めることができる数学的センスの持ち主・・』という箇所を思い出し、手帳に円を書いて、DSに夢中の息子に「この円の中心どーこだ!」と渡してみました! いきなりの質問に唖然としながらも答えはすぐに帰ってきました。「円じゃなくて、ぐにゃっとしてるじゃん!」・・・ごもっとも。 現実に引き戻された機内の窓からは、もう福岡の町がうっすらと見え始めていました。 |
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